'Tis a Long Way to Connaught

Connaughtは遠い

Transatlantic Sessionsを振り返ろう −シリーズ4

私が修士論文を書いている間に本国イギリスではTransatlantic Sessionsのシリーズ6がスタートしておりました。なんということでしょう。しかもDVDまで出てた(当然購入済み)。

 だんだん本シリーズに置いていかれてしまっているので、今回はちゃっちゃとシリーズ4を振り返ってみたいと思います。

Transatlantic Session 4 [DVD] [Import]

Transatlantic Session 4 [DVD] [Import]


 TS4*1は、2009年にBBC Scotland, BBC FourおよびRTÉで放送された全6回のシリーズ。DVDも確か本放送の半年くらい後にちゃっちゃと発売されたので、おそらくTS2の二の舞にならぬよう初めからソフト化が前提になっていたのだろう。売れてるらしいし。


 会場はスコットランド中央部、パースシャーのハンティングロッジ。確か前作もパースシャーでロケしてたはずなので、スタッフはあのあたりの風景が好きなのだと思われる。今回の建物は、窓は割と小さめで薄暗く、それゆえに雰囲気があってなかなかよい。ライナーノーツには「マイク(・マクゴールドリック)が見つけてきた」と書いてある(笑)。

 今回も、常連のハウスバンドに加えて多数のゲストアーティストが参加している。アイルランド勢、スコットランド勢、アメリカ勢がかなり均等に出演しているのが今回の特徴かもしれない。さて、早速例によって、1放送あたり1曲の割合で、ハイライトを紹介していくことにしたい。…が、正直このシリーズは私の好みの曲が多い上に偏っているため、それは努力目標として、全体から6曲以上取り上げる形にする。

Programme One:
Jewels of the Ocean / We're a case, the Bunch of Us / Tommy & Bonnie's Double Tonic - Allan MacDonald

 別番組Highland Sessionsでも活躍したハイランドパイプスの重鎮アラン・マクドナルドがTSにも登場、それをお馴染みハウスバンドの4人、ジェリー・ダグラス(ドブロ)、ラス・バーレンバーグ(ギター)、ダニー・トンプソン(ベース)、ジェームズ・マッキントッシュ(パーカッション)が支える濃度の高い5人編成。TSの割には少人数かも。この曲の見どころは何と言っても、ゴテゴテに伝統的なハイランドパイプスの骨太なメロディーと、小気味良いパーカスが生み出すモダンなグルーヴが、高次元で融け合っているところだ。特に最初のチューン「海の宝石」が文字通り珠玉。
 おそらくこの二つの要素の間を取り持っているのが他の3人の伴奏なのであろう。特にダグラスのドブロが旋律と伴奏を自在に行き来して全体の一体感を醸成していくのは、さながら上糸と下糸を撚り合わせていくミシンの針の如き芸当である。ハイランドパイプスはその音量ゆえにあまり多楽器合奏には向かないとされているのだが、この5人はそんな常識をはるばる超えて見事なアンサンブルを生み出している。脱帽。

Glide - Jerry Douglas
 曲はジェリー・ダグラスのアルバムから。しかしこれはもはや彼一人のドブロ曲ではない。奏者一人ひとりが各々のソロパートで魅せる、魅せる、魅せる!イントロからアリィ・ベインのフィドル。フレーズの最後、メインメロに入る直前のマイナーからメジャーに移りゆくところは、地味ながらフォーク・インストの真髄が顕現したかのようで必聴。ドブロを追いかけるように始まるマイケル・マクゴールドリックのローホイッスルのソロは、誰が思いつくんだこんなんという絶妙なフレーズ回しを畳み掛けるように歌いくる。続くラス・バーレンバーグのギターも、ブルーグラスらしくマクゴールドリックとは別の切り口から見事な変奏を聴かせてくれる。彼らを挟むことで高みで調和したアンサンブルは、最後にダグラスのドブロへと返される。他のソロの間は屋台骨をしていたドブロが、ソロに入るやいなやグイグイと上行してテンションを押し上げるとき、その場はある種のトランス空間へと変じている。その時の皆の表情をカメラは的確に捉えている。
 一度たりとも同じものを聴かせず、しかし完璧に一貫したメロディーと進行は、さながらジャズセッションのようでもあり。しかし本筋はあくまでもブルーグラスであり、アイリッシュであり、フォークである。各ジャンルの際の際を攻めた結果としてジャズのように響いたに過ぎない。TSの中で最も先鋭的かつ最も原理的な、番組としてのひとつの到達点であろう。

Programme Two:
Mo Níon O - Mairéad Ní Mhaonaigh

 第2回からは皆さんご存知マレード・二・ウィニーの歌声をチョイス。どうやらこの曲「ああ我が娘よ」は、二・ウィニーが自分の娘のために作った子守唄だという。この営みのなんと伝統的なことか。しかし演奏は極めて現代的に洗練されていて、聞きながら寝てしまうにはあまりにももったいない。
 まずドーナル・ラニーのブズーキ伴奏の含蓄が深すぎる。ブズーキの朴訥としたトップノートと仄かな余韻はこういう曲にぴったり。御大(+ジェリー・ダグラス)の年季の入ったおっさんコーラスも渋くて良い。子守唄に横からハモってくるうざい親父みたいですが。
 あと超特徴的なグルーヴを生み出すウドゥと、それを叩くマッキントッシュにも注目。底を叩くときのコンという高い音が、深々としたコーラスの中に響き渡るのがこの子守歌のアクセントとして最高に素晴らしい。心地よすぎて眠くなる(笑)。MCでウドゥのことを「これただの素焼きの壺なんですけどね、叩くといい音するんすよー」とか真顔で説明してたのには笑った。

Programme Three:
500 Miles (Away from Home) - Rosanne Cash

 言わずと知れたカントリーの大御所ピーター・ポール・アンド・マリーの名曲「500マイル」をロザンヌ・キャッシュがカバー。原曲より少し早めのテンポで進行するこのアレンジ、低めなのに艶のあるキャッシュの声に調和して素晴らしい。

Programme Four:
'Pandemonium of Pipers' - Allan MacDonald & Ronan Browne

 申し訳ないがまたアラン・マクドナルド。「パイパー地獄」の名の通り、ハイランドパイプスとイリアンパイプスのバグパイプ異種混合をテーマにした、ロナン・ブラウンとのデュオによる意欲的な作品である。詠唱するようなアイルランド語歌唱がイリアンパイプスの伴奏とともに始まり、次第にそれは器楽的エアーへと移り変わる。繊細でミステリアスな音色で語りかけるその旋律は、突如力強いハイランドパイプスが響かせるストラスペイのリズムによって上書きされる。しかしそのいくらかスウィングしたようなリズムは脇から入り込んだイリアンパイプスによって次第に規則正しく整列させられ、いつの間にかリールのメロディーが始まっている。そして最後に二つのバグパイプはそれぞれの持ち味を活かした解釈で、競り合うように一気に高速リールを弾き抜ける。
 なんと見事な構成であろうか。二つの国のバグパイプは、共演しているのではなく、間違いなく対決しあっている。しかしその反発の中でお互いの魅力を引き出し合い、最後にははじけるように一体となるのである。スコットランドに発祥しアイルランドで発展したリールが最後を締めるのも、歴史的つながりを構成に昇華したようで趣深い。

Programme Five:
Caledonia - Emily Smith

 カレドニア!今シリーズの歌でとにかくお気に入りの1曲。同名のドギー・マクリーンの歌が有名だが、これは全然別物。雅な曲名、寝取られという胸糞悪い内容の伝統歌、土臭いスコットランド英語、の三拍子からは想像できないほど、スコットランドの若手フォークシンガーであるエミリー・スミスによるこの歌は、ポップで元気な雰囲気があふれている。
 のっけからノリノリのイントロは、リフのようですらある魅力的な節回しで、間奏として繰り返されるが全く飽きさせない。流れるように始まる歌は、ウッドベースに寄りかかった如何にもポップスらしいアレンジなのだけど、ドブロやパーカスの特徴的な響きがフォークミュージックとしてのテクスチャをそこに与えている。
 弦も管も人数のかなり多い濃密な伴奏にも拘らず、歌は基本スミス一人が歌っている。可愛らしさを残しつつずっしり芯のあるスミスの特徴的な歌声があってこそできることであろう。分厚い伴奏をまとって負けるどころか堂々たる印象をより増す彼女の力量に舌を巻くばかりである。

 伝統歌では、曲調と歌詞内容が反比例する、ということが比較的よくあるように思われる。暗い内容を明るく歌うことで感情を処理してエピソード化するという日常レベルでの歌が果たす機能が、かつてより生活に密着したものとして存在していた伝統歌ではより明確に現れているということだろう。歌詞はとある19世紀末に出版された(とどこかでみたのだけどソース見失った…)伝統歌集からの取材である一方で、曲は現代のギタリストがつけているのだけれど、そういう根源的な部分でこれも伝統に属しているのだなーと感じた。

Programme Six: なし。個人的には選曲が微妙でした。

Bonus Track: Och Oin Mo Chaileag - James Graham
 DVD限定のボーナストラックにも素敵な歌が入ってた。スコットランドの若手フォークシンガー、ジェイムズ・グレアムのゲール語歌唱。一聴するとシンプルなアレンジなのだが、楽器構成は意外と複雑で、ピアノの伴奏を中心に、フィドル、ホイッスル、マンドリン、ドブロ、ドラムスが入り、そして最後にハイランドパイプスが加わってくる。
 何よりもすばらしいなのは、やはりグレアムの素直で素朴な歌声だろう。伴奏がなくても十二分につたわるであろう情感。各種楽器たちはそれを彩り引き立てるだけである。古い歌にはよくあることだが。この歌は同じメロディーを7回ほど繰り返す。変化のダイナミクスという意味では、多様な楽器が歌を邪魔しない程度のレベルで出たり入ったりするのは控えめでありながら実効的なテクニックだと思う。とはいえ、おそらくグレアムだけでもその反復を聴かせるだけの技量はあるだろうということがよく分かる演奏である。形式上のポップス感を押さえつけ、伝統歌であることをまざまざと思い出させる説得力をもった1曲である。


というわけで駆け足でTS4のハイライトを特集してみた。総括すると、とにかく歌がすばらしかった!今が旬の若手から大御所まで、みなTSらしいアレンジを与えられていきいきと歌っている。特にどうやら国内市場が最近伸びているらしいスコットランド・フォーク勢は、時流を反映してか目新しいタイプの曲を引っさげて登場し、TSに新鮮な風を吹き込んだ感がある。
 インストの方は、少しモダンに寄り過ぎたかなーという印象もあって、個人的にそれほど好きではないのも多かったのだけど、しかし'Pandemonium of Pipers'をはじめとしてコンセプト重視の曲の切れ味は抜群で、TSというまとまりの中でのレベルアップを感じた。
 言ってしまえば、もはやTSは、当初の企画であるアーティスト一期一会的なものを卒業して、「これとこれを組み合わせれば最強なのでは?」という念入りな下準備を前提とした理想的な合作空間へと変貌したのだろう。シリーズ初期で聴くことができたような予想外の化学反応の魅力は失われてしまったかもしれない。とはいえ、アーティストとしてのトランスアトランティック・セッション・バンドは、ゲストを呼ぶセンスも合わせて、成長し続けているのではなかろうか。DVDの発売までの期間が短いことから言っても、最終的な制作物のクオリティを念頭に置いていることが分かる。シリーズ4のこういう方向性は、おそらく次のシリーズにもつながるものであるだろう。できれば間を置かずにシリーズ5も総括してしまって、この印象を検証してみたい。

*1:一応確認するとTransatlantic Sessionsの略。本ブログではこの略称を採用しております