'Tis a Long Way to Connaught

Connaughtは遠い

Brian Finnegan "The Ravishing Genius of Bones"

真面目にCDをレビューしてみるテスト。


今回取り上げてみるアルバムは、先日購入したBrian FinneganのThe Ravishing Genius Of Bones

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Finneganといえば、かのFlookのセンターマン、超絶技巧のホイッスルに定評のある彼である。Flookが解散してからも彼はあちらこちらで活動を続け、最近はスコットランドの天才フィドラーAidan O'Rourkeとかと組んだKANとしての活動で再び脚光を浴び始めてる中、ふいに今年の5月に出たインディーズのソロアルバムがこれ。彼自身のソロアルバムとしては2作目か?すげー昔に1枚でてるが、まだそれを聞く機会には恵まれておりません。

基本的には彼のホイッスルとフルートが中心に全9曲が配置されてるわけだが、バックバンドに結集したゲストプレイヤーもすごい。演奏についてはあとで触れるが、元フルックからギターのEd Boydと世界一のバウロンJohn Joe Kellyが、バンドの時同様突っ走るホイッスルを強力に下支えして全編で大活躍し、件のAidan O'Rourkeも一曲フィドルで参加している。他に目立つところでは、UKブルーグラスの5弦バンジョー奏者Leon Huntがアメリカンなサウンドを加えているし、オーストラリアからJames Faganのブズーキもフィーチャー。5曲目のLast of The Starrsでは、かのAquariumを率いるロシアンロックバイオリニストAndrey SurotdinovとSt. Petersburg Stringsを大胆に用いているのも注目に価する。他にもケルト圏のみならず多方面から面白そうなヤツらを湯水の如く使い、総勢25人強の名前がクレジットされている。

まあこの理由としては、ホイッスル(と僅かなフルート)のみで一枚アルバムをぶち上げる現実的困難も当然あるだろうが、彼自身の広範な音楽的興味と(事実大体の曲の作編曲は彼自身で担当している)、おそらく彼の特異性に由来する半端じゃない人脈が反映されている、ということが言えるだろう。だって普通呼んだってこないだろうインディーズのアルバム一枚(それもたった9曲!)にこんな人数。ゲストと参加曲の対応を見ても、あまり芋づる式の人脈であるようには思われない。やはり一曲一曲のコンセプトに合わせて必要な人材を引き抜きで参加させているように見える。彼の人望と作曲センスの顕現としてもこのアルバムはかなり興味深い。


ではそれぞれの曲の感想をば。全部はめんどいので気になったやつだけ抜粋。

1曲目はStepと題されたオリジナルのジグ2曲のセット。これね。これが俺の中ではアルバム最初にして至高の曲。特に最初のThree Little Stepsには、曲そのものも演奏もFinneganらしさが存分に現れている。彼の楽曲の特徴でもある、ホイッスルの移調特性を生かした非トラッド的調性がここでも用いられている。ホイッスル(に限らずあの手の管楽器全般に言えるだろうが)は管長で音質が大きく変わる。この曲ではF管が用いられているが、ハイDの軽やかさでもローDの野太さでもない、その中間の甘いサウンドを備えた魅力的な調だ。Boydの軽く流れるようなアルペジオに乗るとマジ和む。サウンドとしては和み系なのだが、この曲の構成はかなり特殊で、ある種の不安定感が聴くものをむしろ引き込む。Aパートは普通のダブルジグなんだがBパートになるとふいにスリップジグになる。一拍分だけ増えることで、リズムがふと落ち着いてメロディーの雰囲気をバックアップする。これが前編ダブルジグならせわしなくなるだろうし、スリップジグなら単にだれて退屈なだけの曲になってたであろう。変化の妙である。とかくこの曲は良い。必聴。

2曲目はFlyというセット。これはRex Prestonのマンドリンがいい仕事してることと、最後の曲Superflyがシンコペーション多用しててすげーかっこいいReelであること以外には特筆すべきことはない。最初のLunchtime Boredomみたいなジャジーな曲、Flookのころから好きなようだが、個人的には微妙。そういう要素をもっと消化してReelとかに取り込んでいるとき、つまりさっき言ったSuperflyのような曲の場合こそが、彼の真価を発揮しているように思う。

3曲目はちょっと毛色の違うセット。最初のMarga's MomentはギターをバックにPrestonが一人でマンドリンを演奏するというソロアルバムにあるまじき(笑)編曲。あ、もちろん作編曲はFinneganですよ。続く曲はCrooked Still Reelというのだが、コーラスバンドCrooked Stillをフィーチャーしてそのために書いた曲。インストアルバムだと思って聴いていると、唐突に歌声が入るからびっくりする。あとDamien O'Kaneのバンジョーが素敵。声とバンジョーをこういうチューンの中で合わせてしまうのは明らかにアメリカ的だな。そんな物珍しい曲調にも彼のホイッスルは意外と合う。BGMに向いてる雰囲気。ムード音楽的なアプローチが取られていて、おそらく管弦楽アレンジとかをやってもきれいになるのではなかろうか。

次のBelfastセットはまさにFinnegan節。というよりFlook節か?ホイッスル、ギター、バウロンの黄金トリオで始まるこのセットは、もはや伝説になったかのバンドの栄光を呼び覚ます。3曲ぶっ続けで激熱のReelを次々と展開するわけだが、毎度のことながら、もうこの変奏のセンスには脱帽せざるを得ない。彼の最大の特徴であろうタンギングを交えた斬新な変奏はやはり魅力である。さらに目新しいのは、Lucy Wrightのジューズ・ハープが入ってることか。口琴かっこいいです。彼の美学の安定した部分が結晶した曲である。おすすめ。

5曲目は冒頭で触れたようにSt. Petersburg StringsのバッキングでLast of The Starrsというスローワルツを取り上げている。この手のアレンジは、陳腐ないわゆる癒し系ミュージックになりがちだが、この曲はなんとかそういう陥穽を避けることに成功しているように見える。一つには、アイリッシュフルートの倍音が多く太い音でメロディーを構築していること、二つには、ミックスにおいてメロディーをかなり全面に押し出してストリングスを完全に背景として定着させていることが、理由としてあげられるだろう。

6曲目は割愛。

7曲目。個人的にはFinneganのSlow Reelはあまり好きではない。例のAidan O'Rourkeがフィドルを弾いていて、LAUっぽさ(彼のソロアルバム聴いたことないからLAUのイメージしかないのはご愛嬌)が出ちゃってるのがいいところでもあり微妙なところでもある。その割にO'Rourkeが全面に出てくることもないので、いまいちコンセプトのよく分からない曲。彼のトラックのみを聴くとかっこいいのだが。


次のIf Only A Littleはスローエアー。それも少し不思議な変拍子で、なかなかに渋い。特筆すべきことはないが、何故か心に残る名曲。

最後はThe 40 Year Waltz/Night Ride to Armaghというワルツからリールへのセット。これを最後に持ってくるあたりにくい。前半のワルツは装飾音が実にFinneganらしい。CD音源を聞くだけで、ワークショップで教えてる時の彼の動きが思い浮かぶ。丁寧なホイッスルの演奏の合間にはLeon Huntのドブロギターが入って、ゆったりとした曲にアクセントを加えており、続くリールへ向けてエネルギーを貯めこむ。続くリールは再びFinnegan節の聴いた熱い曲。例の黄金トリオがここでもまた炸裂する。それに加えてまずチェックせんとならんのは、Rachel Crossのフィドルが途中のバッキングと間奏に入ってくること。このバッキングが感動的。一人なはずなのにものすごい厚みを備えていて、一気に幻想的な雰囲気を曲にもたらす。「幻想的」なんてのはチープなケルトミュージックもどきの常套句だが、これは違う。Finneganの骨太ホイッスルを土台に、ダンスチューンとしてのグルーブを完全に保存して、かつそういう雰囲気を付け加えてしまう、まさに八面六臂。そして何よりもこのサウンドは新しい。フィドルによる間奏から自然な流れでホイッスルに戻り、そして盛り上がりきったところで、おそらくどちらも彼自身で吹いてるダブルホイッスルユニゾン。これが最後の3周目で不意に入ってくるわけ。Flookの時にはフルートが別に一人いたが、それとは全く別の感覚の組み合わせに心おどる。実に上手い。そして全てのエネルギーを開放しながら、フィドルへ移ってフェードアウトする。


こうやって全曲見ると、真髄とも呼べるような名曲が最初・真ん中・最後にうまい具合に配置されていて、アルバム全体の構成も考慮されているであろうことが伺える。まあ少し後半が不作か?俺の個人的趣味の問題もおおいにあるだろうが。しかしそれを補って有り余るだけの良さがあると感じる。ゲストが多すぎることによる弊害は確かにありがちでこのアルバムも例外ではないだろうが、基本的にはFinnegan自身の演奏が一本太い軸としてアルバムを貫いているので、そこまで気になるものでもない。

というわけで、かなりの名盤。今なら円高で安く買えるので、欲しい方は是非。


なかなか適当な文章書くのも疲れるな。