'Tis a Long Way to Connaught

Connaughtは遠い

-MYTH- The Xenogears Orchestral Album

きっと周りの人には耳にたこができるほどに繰り返してると思うのだが、俺の人生に最も影響を与えたゲームは何と言ってもXenogearsだ。PS版は何周もしたし、アーカイブスに入ってから速攻でダウンロードしてPS3で一周、PSPで二周するほどに愛しているんだから、シナリオにせよデザインにせよ、そして何よりも音楽についても、俺の文化的な根本はゼノギアスのプレイ体験にあると言ってもいい。もう数えきれないほど聴いたサントラもアイリッシュアレンジアルバムのCREIDも、間違いなく俺の民族音楽への嗜好を養うのに圧倒的な影響を及ぼしている。大体いまだに10年以上前のゲームサントラを週3で聴くかって話ですよ。それ程に愛しているわけです。

そんなゼノギアスに関して、なんとこの2011年に、新規にオーケストラアレンジアルバムが出るというではないですか!これは買うしかないでしょう。スクエニの「沁み音」とかいうリメイク商法のCD版みたいな野暮な商売の一環ではあるのだが、今回ばかりは賞賛せざるをえない。まんまとスクエニの戦略に踊らされて、即ポチ。それがついに先月23日発売され、一日遅れでうちに到着した。

-MYTH-The Xenogears Orchestral Album

-MYTH-The Xenogears Orchestral Album

アレンジアルバムは、同人だろうが商業だろうが、単品の評価ってのはしにくい。原曲が御本尊のごとく鎮座していて、その上でそれをどういう別の角度から切り取りなおすかという話だからね。それでも出来る限り単一の作品として語ることもできるとは思うけれども、今回は作曲家たる光田康典先生自らのアレンジということだし、原曲との比較という観点で感想を連ねてみたい。13年たった今、あの名曲はどう形を変えて俺にアピールしてくれるのだろうか。

曲目は人気投票の結果と光田先生のチョイスにより決定された14曲。人気投票トップ10は、文字通り単なる「人気」の反映であり、投票者の多くはオーケストラアレンジされたらどうなるかという点はあまり考慮していなかったように思われる。結果として、原曲そのものが最初からオーケストレーションされたものばかりが名前を連ねることになってしまった。まあ実際カッコイイから仕方ないのだけど、「紅蓮の騎士」とかをわざわざオーケストラリアレンジすることにどればかりの伸びしろがあるというのだろうか?そういうやり方もないことはないだろうが、やはりそうではなく、オーケストラから離れた原曲を解体再構築してこそ本当に面白いアルバムが出来るのではなかろうか。

そんな俺の懸念を汲みとってくれたわけはないが、光田先生の独自チョイスは完全に俺の要求に合致していた。ランキングから「紅蓮の騎士」と「覚醒」を排除して、「おらが村が世界一」と「やさしい風がうたう」その他4曲を追加したのである。何と素晴らしい判断だろう。アレンジャーとしてもやりがいのあるチョイスを選んだのだろうと思われる。投票結果発表の時点では若干落胆を隠せなかったが、これで一気に期待が増大した。


さて、では実際の曲はどうなっていたか。

1.「冥き黎明」
言わずと知れたオープニング曲。人気投票10位。もともとオーケストラ&ボイスの曲であり、先生曰くかなり「原曲通りに」アレンジしたようだ。*1これは残されたオーケストラ曲のリアレンジの中でも当たりと言える。例えばイントロのストリングスの長い和音にボイスが被さってくる部分は、生録音によって原曲よりもずっと深みを増している。アルバムを通してティンパニが若干ぼやけたような(生音だとこんなもんなのかもしれんけど)ミックスがされているが、メロディアスではないこの曲ではそれがむしろいい方向に働いていて、オープニングムービーで描かれる宇宙空間と、その先に提示されるであろうゲーム世界世界をイメージさせるに足る広がりを生んでいる。これは原曲の優れたリファインと言っても良かろう。

2.「おらが村が世界一」
ラハン村のBGM。体験版で出会ってから今まで13年、俺が一番好きなゲーム曲の一つであり続けているこの曲が、新しい姿を得て再誕したのは本当にありがたい事だ。なぜか人気投票ランク外、どういうこっちゃ。原曲は、カスタネット(アイルランド音楽を意識したとすればスプーンズやボーンズの体なのかもしれないが)の小気味良いリズムに、フィドルバグパイプのメロディーが乗るというダンスチューンを模した形式であり、田舎の村の素朴さ、物語の始まりに必要な陽気さを表現した名曲であった。

一方、今回の新アレンジは、ゆったりとしたクラリネットのイントロで始まり、この曲の売りであるリズムをストリングスに担当させ、間奏はピアノでスウィングさせるという構成をとっている。リズムの最大の特徴はAメロの6/8+2/4の変拍子なのだが、光田氏は悩んだ末にこれをそのまま活かす方向に決定したらしい。カスタネット成分をストリングスのスタッカートに置き換えて変拍子を実現するという選択は、もったりしがちな大規模オーケストラでメロディーのスピード感を保持するには唯一の選択肢だったように思われる。この点においては、原曲の魅力とオーケストラならではの魅力の双方を実現することに成功している。フィドルを安易にヴァイオリンで置き換えなかったことも好感が持てる。

また、「素朴さ」はオーケストラアレンジによって否応なく奪われてしまう傾向のある要素の一つだが、このアレンジも例外ではない。テンポの遅いイントロを新規に設けることでのどかさを表現しようという意思は見えるが、如何せん焼け石に水であって多少無理やりな印象をうける。ピアノのスウィングも、民族音楽的ななまりではなくて、小奇麗に収まったものになっている。伴奏で時折使われるピツィカートは上手くはまっていて、全体として見れば、原曲の魅力をそれぞれのパートに再配分してまとめきった、よく出来た小品と呼ぶことができよう。とはいえ、やはり原曲やCREIDのアイリッシュアレンジほど安定しているとは残念ながら思えない。惜しいと言わざるをえない。

3.「飛翔」
マリア&ゼプツェンのテーマ。堂々の人気投票第1位。俺も大好き。これも原曲からオーケストラルだが、第1位は流石にやらざるを得ないし、個人的にも、生音で演奏される「飛翔」がどうなるかには非常に興味があった。光田氏いわくこれも原曲通りのアレンジ。

結論として言えば、まあ期待した程ではなかったという感じ。さっき言ったようにティンパニのミックスが若干ぼやけているので、この曲でもっとも重要な要素たるシンコペーションがあまりはっきりしないという事態に陥っている。とはいえ、やはり金管は生音ならではの迫力を感じられるし、人数が多いことで原曲よりも遥かに印象的なダイナミクスを生み出せている。間奏から2周目に入る部分は本当に鳥肌もので、ブルガリア交響楽団の高いスペックを見せつけられる。スネアが途中で消えるパートがあるのもよい。これらの点は明らかな変更点ではあるものの、光田氏がライナーノーツで「ファンの皆さんのイメージを壊さないように」と言っている*2のは十分に達成されているのではなかろうか。従って、原曲と比較したならば、プラマイゼロであり、やはり原曲が神がかっているとクオリティアップも難しいということをまざまざと感じてしまった。

4.「盗めない宝石」
人気投票8位。詳細割愛。原曲と比べてもあんまり変わらん。生音になって表現力が増したかな、という程度。言い換えれば生音すごい。

5.「死の舞踏」
通常バトルのBGM。人気投票7位。なぜ。これもそれほど好みではなかったので割愛。イントロの金管が間抜けに聴こえるのは俺だけだろうか?これもシンコペートしたリズムなので若干飽きる。

6.「風が呼ぶ、蒼穹のシェバト」
シェバトのBGM。納得の人気投票3位。本当にこのゲームは街のBGMが優れているな。オリジナルは、なかなかサントラ内でも珍しい曲調で、表拍と裏拍で左右にパンを振った・・・えーなんだろうこの楽器・・・鉄琴?トライアングル?の音が印象的な曲である。今回のアルバムでは大幅に変更が加えられていて、初っ端からなんとあの裏拍の音が削られている!イントロが終わってみれば、メロディーは退行し、原曲よりはっきり暗めに提示された和音進行が1分ほど続く。ようやく慣れたメロディーに映ったかと思えば、安心する間もなく冒頭に戻り、ふっと終息してしまう。

ライナーノーツによれば、イントロのポリリズムのピツィカートはシェバトという国の歪みを表現しているという。*3だとすれば、原曲を知る私のようなリスナーにとってどこか耳慣れないこれらのコード進行と構成、間の抜けたように感じられる伴奏は、どれもこのイメージ、悲劇を経験しながら変革することもできず、力を持ちながら新しい時代に適応できずにいるシェバトの闇を思い起こさせる。

このアレンジが可能なのは、これがゲームで本当に使用されるBGMではなく、13年という時を経た時点での再解釈であるためである。というのは、ゲーム中では、初めて足を踏み入れるシェバトは、天空に浮かぶ未知の都市であり、かつて未曽有の悲劇を経験し、また主人公の敵たるソラリスに同じく敵対する勢力であって、神秘的なイメージこそあれ、初見で不気味な印象を持つような場所ではない。原曲に感じられる軽やかながら悲しげな印象は、まさにゲーム中のこの都市にふさわしい。しかし、今この時このCDを聴く者の多くは、かつて一度ゲームをプレイし、シェバトに潜む歪みを知っている。その国は主人公を無条件に助ける正義の大国などではなく、過去の罪に怯える烏合の衆でしかない事を知っている。このアレンジは、物語のひと通りの理解を前提にして、原曲にはあってはならなかった新たなイメージを付与したものであると考えれば、これらの変更点はなんと巧みなものであろうか。今でなければできない表現をなしたという意味で、この曲は非常に面白い。

7.「神無月の人魚」
エメラダのテーマ。人気投票9位。エメラダは大好きだがこの曲はどうだろうか。CREIDではハープにローホイッスルというアレンジがされていたけれども、今回はピアノ一本。どのアレンジにもそれぞれの魅力があるが、今回のピアノヴァージョンに関しては、とにかく今までになかったピアノの利点をフルに活かした小回りのきいた伴奏が非常によろしい。原曲の鉄琴もCREIDのハープも、構造上素早く複雑で同時音数の多い動きには向いていないので、比較的あっさりした素朴なアレンジになっていた。それに対してピアノでは高音低音なんでもござれで、特に間奏あたりからの怒涛のアルペジオはかつてない重みをこの曲に与えている。良アレンジ。しかしどのヴァージョンも平等に素晴らしいのはメロディー自体が優れてるからだろうなあ。

8.「海と炎の絆」
バルトとアヴェのテーマ。光田チョイス。これも割愛。原曲でも同じテーマのアレンジ同士である「海と炎の絆」と「つわものどもが夢のあと」をくっつけるというまあありがちな手法。しかしなかなか後半の「つわものどもが夢のあと」パートはタンバリンの導入によってキレが良くなっており、かなり楽しく聞ける。

9.「やさしい風がうたう」
ランク外ながら俺が収録を熱望した名曲。光田さんありがとう!原曲ではピアノとウェットなアコーディオンのほんわかした曲だったが、今回オーケストラヴァージョンになってもそのほんわかぶりは失われていない。弦楽器と管楽器の掛け合いで紡がれるメロディーはどの部分も美しい。原曲では不可能だったダイナミクスはオーケストラアレンジの本領だろう。ピツィカートの伴奏も、とても心地よく響く。少しビフォーアフターっぽいけど(笑)。原曲から構成は大きく変わっても表現されるものはなにも変わらないという好例。ニサンでのあのシーンが思い浮かび涙が。

10.「悔恨と安らぎの檻にて」
光田チョイスの1曲。原曲はごてごてのチェンバロ&コーラスという編曲だったが、今回はブルガリアンヴォイス風コーラスとオーケストラで。何と言ってもイントロのソロがすごい。ブルガリアンヴォイスの売りはドローンに乗った厚いコーラスなのだけど、そこから一人抜き出して歌わせるとどうなるかというと、一人でもコーラスがいるのではないかと思わせるような歌い方をする。もちろん二つの音が出るとかホーミー的芸当ではなくて、それぞれが完全に合唱の一パーツとしての歌い方をするものだから、一人が歌いだすだけで、まだ歌い始めてもいない残りのメンバーの存在を鮮やかに感じさせるのである。今回はオーケストラ伴奏ありで、純粋なブルガリアンヴォイスというわけではないが、原曲のシンセコーラスとは比較にならない生声の表現力が十二分に発揮されている。ループするBGMではない、一曲の合唱曲として完成したのではなかろうか。

11.「lost...きしんだかけら」
1分あまりの短い曲。物語の重要な局面で流れるため短いながら入れたとのこと。*4ほぼ原曲通りながら、生音の力を感じる素晴らしい小品。光田さんも言っているようにチェロのソロがカッコ良すぎる。打ち込みではできない。

12.「最先と最後」
読み方は「いやさきといやはて」だからな!エンディングムービーのBGM。俺がブルガリアンヴォイスを知り、その魅力にとりつかれるきっかけとなった一曲。原曲では完全ブルガリアンヴォイスだったが、今回はそれにオーケストラの伴奏を付け加えている。とはいえ、単に元のコーラスに楽器を加えただけというわけではなく、随所でオーケストラ向けになるような変更点がコーラス側にも加えられている。しかし、個人的にはあまり上手く機能しているようには思われなかった。全体の安定度をもたらした代償として歌からいくつかの装飾音が削除され、それゆえにコーラスの完成度としては原曲を下回っているように聴こえる。オーケストラの伴奏も確かに厚みを増すのに貢献してはいるが、ヴォイスだけで十分なところに蛇足を付け加えた感が否めない。やはり一定の文法をいじって別のものを付与するのはむつかしいことであるよ。

13.「SMALL TWO OF PIECES」
エンディングテーマ。惜しくも人気投票2位。飛翔強すぎるだろテーマソングより上とか・・・。原曲はジョアンヌ・ホッグをボーカル、デイヴィ・スピラーンをローホイッスルにフィーチャーしたアイリッシュ・ポップス。私のアイルランド音楽への憧憬を確定させた罪深い一曲である。当初光田氏はオーケストラのみで作ろうと考えていたらしいのだが、作ってるうちにジョアンヌ・ホッグの歌声とスピラーンのホイッスルがないとこの曲は完成しないと悟ったらしく、昔の音源を引っ張り出してミックスしたらしい。*5いや、全くその通り。確かに完全インストも聴いてみたくはあったけれども、やはりそれはSMALL TWO OF PIECESとは呼べんだろうと。

ホッグの歌声がプレイ当時の記憶を呼び起こすのみならず、スピラーンの超絶ホイッスルはオーケストラに埋まることなく当時の輝きをそのまま保持している。全く新しい姿でありながらなんと懐かしいことであろうか。それに加えて、オーケストラでしか実現できない壮大さ。原曲のエレキギターとドラムスのバックも物語を締めくくるにふさわしい盛り上がりを提供してくれたけれども、オーケストラヴァージョンを聞いてしまった今となっては、あれほど重厚長大なストーリーをまとめるには少し力不足であったと言わざるをえない。歌声を支える分厚いストリングスと、間奏でのクレッシェンドとホイッスルとのハーモニーを担保する管楽器、要所に入ってくるハープの伴奏、全てが渾然一体となって、ひとつのサーガの終わりを荘厳に演出する。ゼノギアスの音楽はここで一つの締めを迎えたと言えるのではなかろうか。

14.「遠い約束」
シタン先生の家で流れるオルゴールの曲がオリジナル。これも体験版の頃からある印象深いシーンの曲。以下シーンから抜粋。

シタン「音楽というのは ふしぎなものですね……。時に人の思いもよらぬものまで よびさましてしまう。忘れかけていた、さまざまな 想い、感情、もちえぬ記憶……。聞く者がそれを望もうと 望むまいと、ね……。

フェイ「ねえ、先生…… この曲を聞いてると、ふしぎな感じがしてくるよ。なんだか、胸の奥の方が ほっとあったかくなって くるような……。

シタン「それはきっとあなたのなかで、この曲が好きだった、遠い昔の だれかが生きているからですよ……。

体験版の時はよくわからなかったが、ゲームをクリアしてやっと理解できたこのシーンだが、この曲だけは最初からはっきりと記憶に残ったのを覚えている。今回のアルバムではピアノアレンジとして生まれ変わったが、この単純なメロディーと伴奏は本当に何も変わっていない。ピアノのおかげでピアニッシモがさらに鮮やかになったこと以外は。主題はSMALL TWO OF PIECESと同じであることを考えると、SMALL TWO OF PIECESの直後でアルバムの最後にこの曲を持ってきたのは必然であったろう。全く綺麗な締めくくりであった。これを聞きながらこのアルバムだけでなく、これまでのゼノギアス・ミュージックの軌跡と、それと不可分に進んできた自分の音楽との関わりとに想いを馳せることができた。


結論。やってほしいことは全てやってくれた本当にウェルメイドなアルバムであった。あまりに深く影響を受けたゆえ主観からなかなか切り離して語れない、俺にとっては特殊な立場にあるアルバムだが、少なくとも13年も昔のゲームとは思えぬ全く色あせぬ魅力を再び提示してくれることは確かであろう。オーケストラアルバムという固定されたコンセプト故に失われてしまったものも多かったけれども、それを埋め合わせるくらいに新しい視点を付け加えた点は十分に賛辞に価する。しかしその完成度故に、長く続いてきたゼノギアス・サーガも、伸び代を使い尽くして一応の終焉を見てしまったのではないかという不安というか郷愁も正直ある。とはいえすでに経過した時間を考えれば、そろそろ俺もここから卒業しなければならないような気もする。俺にとっては時代の一区切りを象徴する一枚となるのかもしれない。



以下はすでに出ているOSTとアレンジアルバム。聴いたことのない人は是非。

ゼノギアス オリジナル・サウンドトラック

ゼノギアス オリジナル・サウンドトラック

ゼノギアス アレンジヴァージョン クリイド

ゼノギアス アレンジヴァージョン クリイド

*1:2/22のニコニコ生放送中のツイート

*2:-MYTH- The Xenogears Orchestral Albumライナーノーツ、2011年

*3:同上

*4:同上

*5:同上