'Tis a Long Way to Connaught

Connaughtは遠い

Transatlantic Sessionsを振り返ろう −シリーズ1

 先日MusicScotland.comをふらっと訪ねてみたら、なんとTransatlantic Sessions 2のDVDが発売決定したというではないですか!1も3も4もHighland SessionsまでもすでにDVDになっているのに、1998年以来ややこしい権利関係でDVDが出せずCDだけが出されていたあの伝説のセカンドシリーズが。ついに。小躍りして即注文。9月末発売なので10月には届くなあ。楽しみすぎる。

 さらに9月にはBBCがシリーズ5を放送するとの情報も同時にキャッチ。DVDは12月発売。これもあわせて期待大。BBCはいい仕事しますな。

こんなせっかくの機会なので、これまでのTransatlantic Sessionsシリーズの軌跡をかるーく追ってみようと思い立つ。というわけで早速オリジナルシリーズ、いわゆるTransatlantic Sessions 1からちょろっと紹介をば。

Transatlantic 1 Vol.3

Transatlantic 1 Vol.3

 前も書いた気がするが、Transatlantic SessionsってのはBBC4でやってるフォークミュージック番組で、ブリテンとアメリカのルーツミュージック界から大物を集めて一挙にセッションさせようというトンデモ企画。シェットランドのフィドル神アリィ・ベインと、ブルーグラス・ドブロの巨匠ジェリー・ダグラスがホストとして取り仕切る、一期一会なんでもありの奇跡のセッションが実現する。シリーズ1は1995年に放送され、DVDは2008年に出されており、もちろんテレビ放送なんて見れない私はYoutubeおよびDVDによってこれを知りました。

 シリーズ1のころは、かなり意識的に地域の偏りをなくそうという傾向が見える。特に歌の分野では、スコットランドからはドギー・マクレーン、イングランドからはジョン・マーティン、アイルランドからはメアリ・ブラック、アメリカからはキャシー・マッティーやエミルー・ハリスなど、錚々たる歌手が繰り返し出演していて、まさに大西洋横断の名にふさわしい曲目となっている。楽器奏者も同じように幅広く、名前のリストを見るだけではなにがなんだか分からないところもある(笑)しかし実際に生まれる音楽は、インターナショナルでありながらなお一本の芯としてのルーツを感じさせる、斬新なものとなっているのである。

 シリーズ1は30分番組が7回分で構成されている。ここで全曲を紹介することは叶わないので、1回分1曲のハイライトを見ていくことにしよう。

Programme One: Ready For The Storm - Kathy Mattea with Dougie MacLean
 第1回放送は特に気合が入っていて1曲選ぶのは至難の技なのだけど、あえて選ぶならキャシー・マッティーによる 'Ready For The Storm'。ドギー・マクレーン作詞作曲の名曲を彼女がカバーし、マクレーン自身はコーラスとギターを担当している。二人のコンビは他のところでも頻繁にあるのだが、この配置はなかなか珍しい。しかし、何といっても彼女の男らしく力強い一種荘厳な歌声は、マクレーンの原曲どころか、他の多くのアレンジ(たくさん出てる)をもすべて超えて、唯一無二の価値をこの曲に吹き込んでいる。聖書のエピソードに着想を得たというこの歌詞は、たしかに神秘的な雰囲気を醸し出していて、例えばAoife Ni Fhearraighヴァージョンのようないわゆるケルティックフュージョン的な解釈も可能ではある。だが、キャシー・マッティーの声は、船乗りの過酷な世界そして嵐という自然現象を描いたこの詞が描くものが、現象の超越性ではなく、やはり個別の肉体的・物質的なパワーであることをまざまざと感じさせるのである。ギター二本のコンビネーションも見事。間違いなく名アレンジ。私はこれでキャシー・マッティーに惚れてしまい、CDを買いあさることになるのでした。

Programme Two: Ta Mo Chleamhnas Deanta - Mairead Ni Mhaonaigh with Donal Lunny
 第2回は満場一致でこれ。言わずと知れたアルタンのマレード&故フランキーの至高の名曲を、ドーナル・ラニーのバックでマレードが再び歌うという涙無しでは見られぬ一曲。これ録音した時点ではまだぎりぎりフランキー生きてたのかも。ああそれにしても一時代の区切りを感じさせるものには変わりなかろう。全体の構成としては原曲に忠実で、マレードの美しい歌声を際立たせるという意味では変わらない。しかし、彼女を後ろから支える伴奏の厚み、つまりドーナル・ラニーのブズーキによるアルペジオやジェイ・アンガーのフィドル、ジョン・ベネットのホイッスルなどが、原曲のシンプルさとはまた異なった新たなテクスチャを加えている。ホイッスルのラインもフランキーのものを追っていてそれだけで涙ちょちょぎれるのだが、周りの楽器が増えたことで、間奏の部分なんかは特に静かな雰囲気にもかかわらず濃度が高すぎて息を呑む。最高にevocativeな一曲。個人的にはアイルランド音楽史上に残る名演だと思う。マレードはマジ現人神。

Programme Three: Boulavogue / Mrs McLeod - Davy Spillane & Aly Bain with Russ Barenberg
 第3回は多国籍なクレジットがついた、エアー&リール。デイヴィ・スピラーンはシリーズ1にしか出てないが、彼らしいいい仕事をしてくれる。彼のパイプスは、いかなる理由か、聴いただけで彼の演奏だと分かるのだが、今回もそれは健在で、スピラーンらしい(としか形容できない)うなるエアーを聴かせてくれる。そこに合わせていくアリィ・ベインの技術も凄い。しかしなんといっても面白いのは、Russ Barenbergのブルーグラスっぽい伴奏が完全に調和していること。細かい技術的理由は分からないが、スピラーンの現代的なリズム感とうまくかみ合うものがあるのだろう。演奏人数少ない割りにTSを体現した一曲。

Programme Four: Canan Nan Gaidheal - Karen Matheson with Donald Shaw
 第4回は色物が多い中、超絶カパーケリー臭がするこれをチョイス。異常にかっこいいイントロとカレン・マシソンの声があれば必然的にカパーケリーっぽいというだけだが。基本はカレン・マシソンとドナルド・ショーのカパーケリーメンバーによるイカしたアレンジのスコティッシュ・ゲーリックの歌だが、フィドル&コーラスにマレードを、ブズーキにドーナル・ラニーをフィーチャーし、なんだか妙に堂に入った演奏になっている。間奏の勢いあるフィドル二本のうねるようなハーモニーは絶品。・・・今映像をみると、もう15年前だが、マレードはあまり変わってないのに対してカレンは大分老けたように見える・・・

Programme Five: Green Rolling Hills - Emmylou Harris with Mary Black
 第5回はカントリーから。私の中でのかっこいいおばさんランキングおよび美しい白髪ランキング暫定第一位であるエミルー・ハリスによる素朴な一曲。彼女の味のある声でこんな歌歌われたらひざまずくしかないだろうよ・・・。おまけにコーラスはメアリ・ブラック、ホイッスルはデイヴィ・スピラーンと言う豪華布陣。アリィ・ベインの枯れた(褒め言葉ですよ)フィドルと相俟って、カントリーに詳しくない私にも強く印象に残った曲である。スピラーンの異様にうまいホイッスルとか、ちらちら入ってくるラス・バーレンバーグのマンドリンとか、なかなか細かいとこまでしゃぶりつくせる面白いアレンジなのだけど、エミルー・ハリスの独特な歌い回しが一番の魅力であることは間違いない。

Programme Six: Sweet Is The Melody - Iris DeMent
 一度聴いたら忘れられないアイリス・デメントのこの曲が第6回のハイライト。彼女の歌声は特徴がありすぎて、言い換えればくせがありすぎて、好き嫌いが分かれると聞いたことがあるが、私は大好きです、こういう鼻にかかった声。コンセプト上ヴィルトゥオーゾ的な演奏orアレンジが多い中で、全体を通してものすごく単純なメロディーライン&伴奏。そのおかげで歌の自由度があがっていて、彼女の良さが浮き出ている。かぼそいアコーディオンサウンドと、簡単なギターストロークがひどく物悲しさをあおるが、それもまた一興。歌詞の内容を深くかみ締めることができる。知らぬ人は一度は聴いてみてほしい一曲。

Programme Seven: Uncle Sam / Rain On Olivia Town - Jerry Douglas
 最終回からはバリバリのドブロソロ。ホストでもあるジェリー・ダグラスは他の曲でもたくさん伴奏で参加しているのだけど、彼が本領を発揮するのはやはりソロであろう。ブルーグラスの奏法には全然詳しくないが、素人でも分かる彼の名人芸とセンス。頻繁に転換するテンポと、まったく細部が認識できないほどの超速弾きの連続に圧倒されてしまう。これ一曲だけ取り出したらどこがトランスアトランティックなんだよとつっこみたくはなるが、ブルーグラス・ドブロの真髄を一片でも紹介するにはこの方法しかないのも確かだろう。ルーツミュージックの多様性と可能性を示す一つの極例である。まあ、とかく、巧い。


 以上7回分、駆け足で紹介してみた。紹介してみると歌ばかりになってしまったが、それはやはり、ジャンル折衷という点ではインストよりも番組のコンセプトを体現しやすいということがあるだろう。しかし歌ばかりでなく、各地の伝統器楽もしっかりとフィーチャーされており、ブリテン&アメリカのルーツミュージックの現在と展望を示すという意味では非常にハイクオリティの番組であった。シリーズになることは当初は予定されていなかったかもしれないが、この出来ならば、人気の沸騰とシリーズ化は宿命的であったかもしれない。



さて、お次はシリーズ3について書こう。前も書くといってもう何年たったのか知らないが。ただ今帰省中で暇なので、近いうちに。