'Tis a Long Way to Connaught

Connaughtは遠い

Transatlantic Sessionsを振り返ろう −シリーズ2

長く間が開いてしまったけどTSシリーズを振り返る試みを再開。

 TS2は1998年にBBC FourおよびBBC Scotlandで放送された、全7回のテレビシリーズ。DVDが権利関係で一時お蔵入りになっていたが、満を持して昨年発売された。偶然TS5の本放送と同時期の発売となり、2011年は私を含めTSファンにとって喜ばしい年となった。

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 今回から、シェットランドのフィドル神アリー・ベインと、ブルーグラスのドブロ神ジェリー・ダグラスの二人が番組の音楽ディレクターの任に就く。今後4シリーズを請け負うことになったことからも分かるように、彼らの番組への貢献度は著しく高い。これまた今回から設けられた常設バンド、トランスアトランティックセッションズ・ハウスバンドのホストも担当し、セッションでの演奏を取りまとめて全体のレベルを向上させている。シリーズ1で少し感じられた番組構成のブレが、これのお陰で最小限に低減されており、番組としての完成度はかなり増した。

 この記事でも前回および前前回同様、各放送から1曲をチョイスして紹介し、最後に全体像を把握してみたい。では早速第1回から。


Programme One: Eunice Two-Step - Michael Doucet with Sharon Shannon
 ケイジャンフィドルの名手マイケル・ドゥーセがフィドルを構えつつ朗々と歌う一曲である。ケイジャンに欠かせないアコーディオンを担当するのはアイルランドシャロン・シャノンなのが面白いところ。しかし何と言ってもこの曲の魅力は、比較するもののないドゥーセの朗らかで楽しげな歌声であろう。ツーステップというのはフォークダンスの一様式だが、彼の軽やかなフィドルと歌は、いかにも踊りを知るもののそれであり、彼の伝統性をまざまざと示してくれる。ケイジャンを全然知らなくてもついつい楽しい気分になってしまうような名演奏である。


Programme Two: Evangeline - James Grant with Karen Matheson & Maura O'Connell
 どうやらTS2は歌に力が入っているらしい。第2回からは紹介するのは、スコットランドのシンガーソングライター、ジェイムズ・グラントがカレン・マシソンと組んで歌うバラッド。今回はモーラ・オコンネルをコーラスに迎え、さらに重層的テクスチャを帯びた歌唱となっている。軽いギターイントロからの突然の絶唱は極めて印象的で、TS1に出演したドギー・マクリーンといいスコットランドのSSWのセンスは皆ずば抜けているではないかと思わせる。季節ごとに移り変わる朝日に、時の流れと神の恩寵を感じるという、単純で澄み切った綺麗な歌詞もとてもよい。ジェリー・ダグラスのドブロを含むギター2種のみによる伴奏も、その澄んだ音色で歌詞の叙情を増幅している。

Programme Three: Bachelor's Walk / The Congress - Breda Smyth
 シリーズ内でも異色のインストナンバーをチョイスしてみた。『ロード・オブ・ザ・ダンス』バンドで不朽の名声を獲得したホイッスル奏者ブリーダ・スミスによるホイッスルソロ。(フィドルも堪能だが、その実メイヨーのフィドルの名家出身である。ルナサのフィドラー、ショーン・スミスの姉。)パーカッションと最小限のギターだけを伴奏に従えた超攻撃的構成のリールで、ホイッスル自体もアメリカ仕込みの(?)ロックな演奏を見せてくれる。割と装飾音とかは普通なのだけど、変奏が明らかにアメリカンでちょっとくすっとしてしまう。他とは違う意味でトランスアトランティックな、印象的な一曲。

Programme Four: Urban Air - Ronan Browne
 次のシリーズでバンド常勤メンバーとなるロナン・ブラウンによる、モダンなイリアンパイプスのエアーが、第4回のハイライト。彼は98年にはちょうどソロアルバム2作目を出しており、いよいよ中堅パイパー&フルーターとしての貫禄を見せつけてくれる。ダグラスのドブロとのデュオという珍しい構成で、気怠くも洗練された「都会的な」サウンドを作り上げている。往年の伝説的パイパーの伝統を汲んでおり、割と素朴な演奏をすると思っていたのだが、このような前衛的チューンもなかなか素晴らしく、彼の可能性が垣間見える。

Programme Five: A Tribute to Peader O'Donnell / Takarasaka - Jerry Douglas 今回から番組ディレクターの一角を務めるジェリー・ダグラスがワイゼンボーンギターで奏でる一曲。ギターについては動画を見よ。前半の1曲「ピーダー・オドネルに捧ぐ」は、元々ムーヴィング・ハーツの楽曲だったものをドブロ用に編曲したものである(と彼が雑誌で言っていた)。アイリッシュ・ラメントの様式を極めて巧みにスライドギターの文法に落としこむアレンジの才は称賛に値する。後半は、番組オープニングにも採用されている、文字通り「宝坂」。どうやら彼が来日した時の印象を曲にしたらしい(ソースはない)が、福島の宝坂のことか…?よく分からん。それはさておき、お得意の速弾きが活きるこの名曲は安定のかっこよさ。なんとロナン・ブラウンのパイプスやトミー・ヘイズの指バウロンが加わり、どう考えてもブルーグラスなのになぜか無国籍感漂う独特の雰囲気がなんとも素晴らしい。

Programme Six: Nobody Wins - Radney Foster with Eddi Reader
 カントリーシンガーのラドニー・フォスターとエディ・リーダーによる抒情たっぷりのバラッド。…とっても好きな曲なので採用したが、特に語れそうなところはない(笑)。注目どころは、サビのコーラス、終盤の掛け合い、そしてギター類ばかりの伴奏帯の活躍だろうか。何も考えなくても楽しめるポップス的魅力にあふれたナンバーである。

Programme Seven: 'Puirt a Beul' Set - Iain MacDonald
 別番組Highland Sessionsではさらに大活躍するイアン・マクドナルドがハイランドパイプスでソロを張る、シリーズを締めくくる大トリ曲。'Puirt a Beul'とはスコットランドの音楽伝統にあるいわゆる口三味線だが、別にここでは口三味線が本当に入るわけではなく、口三味線でよく歌われるレパートリーからチョイスしてきたということだろう。力強いハイランドパイプスの旋律を、ギター、ドブロ、マンドリン、ベース、そしてピアノで支える多国籍・他ジャンルなアレンジは、大トリを務めるにふさわしい。頑ななまでに伝統に則るパイプスがかなりモダンな伴奏と融け合う姿は、ジャンルの間に横たわる地理的距離のみならず時間的距離をも取り払うものであるように思える。


以上各回から1曲抽出して紹介してみた。

 ここまで見てみると、シリーズ2の傾向あるいは理念のようなものがはっきり見えてくる。それは、単なる大西洋両岸の場当たり的な折衷ではなく、様々な音楽様式により歴史的な一貫性を見出そうとする試みである。

 言い換えれば、まさに大西洋横断的伝統というものの発見に直接取り組んでいるものともいえよう。アメリカの中のアイルランドスコットランドの中のカナダ、このような重層的な関係は音楽を通してシームレスに繋がり、「トランスアトランティックな」総体として立ち現れている。そういう意味で、シリーズ2は番組タイトルが示す文化的理念をそのままに体現している。

 まあ一方で、一体性を強調することによって、セッションの一期一会的な楽しみが抑制されてしまったのもまた事実だ。この点は少しだけ残念だが、それに関しては今後のシリーズで大きく補われることになるし、まだ発展途上の2作目だと思えば十二分に許容できる。運営上正式なハウスバンドを設置したこともあるかもしれない。

セッションとしての全体の完成度はさておき、いわば「大西洋横断音楽」なる存在を見出すに当たって今作が成した文化的貢献は非常に大きい。シリーズ3作目まで間が空いてしまうのは、2000年代に入って各地の伝統音楽が下火になって行くのとパラレルになっている印象も受けるが、少なくともTS2は、歴史的な評価を受けてしかるべき伝統音楽番組の金字塔であると自信をもって言えるだろう。